『1987、ある闘いの真実』は、当事者にも会えない極秘企画だった
本作は、韓国の民主化運動を実在の人物たちとともに描いた映画です。
これだけ多くの実在人物が登場する作品なら、準備段階から本人や遺族へ詳しく取材したように思えます。
ところが!企画の初期は真逆でした。
映画の存在が外へ漏れることを恐れて、当事者への接触さえ控えていたのです。[1]
・企画が始まったのは朴槿恵政権下
チャン・ジュナン監督が脚本の初稿を読んだのは、2015年の冬でした。[1]
当時の韓国は朴槿恵政権下です。後に、政府の方針へ批判的と見なされた文化人のブラックリストが存在したことも明らかになりました。(怖すぎる)
監督はブラックリスト自体を当時知っていたわけではないと断っています。それでも周囲で起きていたことから、文化業界への圧力を感じていたと振り返っています。[1]
本作は韓国政府から正式な制作禁止命令を受けたわけではありませんが、
制作側が恐れたのは、企画が知られた後に何が起きるか分からないことでした。
・実在人物へ会わず、新聞と記録を読んだ
実話を映画化するときは、当事者へのインタビューが重要な調査になります。
しかし監督によると、本作では脚本や企画の情報が外へ漏れる危険を考え、当事者への接触を控えました。代わりに、新聞などの文字資料を中心に調査を進めたそうです。[1]
これは取材を軽くしたのではありません。
会いに行けば、映画を作っていると相手へ伝わります。関係者が増えれば、企画の存在が広がる可能性も高まります。
そこで、まず公に残っている記録を読み込み、できるだけ少人数で準備する方法を選びました。
秘密を守るための判断が、映画のリサーチ方法そのものを変えたのです。
・出資を見送る人もいた
警戒していたのは制作陣だけではありません。
監督の回想では、政権の目を恐れ、投資家が手を引くこともありました。このままでは出演者を集めることも難しくなる状況だったといいます。[1]
転機になった一人が、イ・ハニョル役のカン・ドンウォンでした。
監督が草稿を見せると、カン・ドンウォンは企画の必要性を理解し、自分から出演を希望しました。監督は、彼の参加がキム・ユンソクやハ・ジョンウらのキャスティングにも力を与えたと振り返っています。[1]