イーストウッドは『荒野の用心棒』の脚本を読み、黒澤明『用心棒』だと気づいた
本作と黒澤明の『用心棒』(1961)は、物語の骨格がよく似ています。
腕の立つ流れ者が、対立する二つの勢力の間へ入る。両方を操り、町の力関係を崩していく。
主演のクリント・イーストウッドは、この共通点を公開後に知ったのではありません。
出演を決める前、送られてきた脚本を読んだ段階で、『用心棒』の西部劇化だと気づいていました。[1]
・最初の返事は「やらない」
当時のイーストウッドは、テレビ西部劇『ローハイド』に出演中でした。レオーネ側からイタリア製西部劇の話が来たとき、本人はまず断ったと振り返っています。[1]
気持ちを変えたのは、脚本を読んだあとでした。
イーストウッドは、それより数年前、ロサンゼルスで外国映画を上映する映画館に入り、『用心棒』を観ていました。黒澤作品なら大きく外すことはないだろう、と選んだ一本だったそうです。[1]
・観たときから「西部劇にできる」と思った
『用心棒』を観たイーストウッドは、友人にこの話は西部劇にできると話したといいます。その場では、それ以上の話にはなりませんでした。[1]
そして数年後、イタリアから届いた脚本に、その発想がそのまま現れます。
イーストウッドは、『用心棒』の物語を西部へ移したものだと理解し、脚本を気に入り、出演を受けました。[1]
・「気づいていた」と「権利処理されていた」は別の話
ここで分けておきたいのは、イーストウッドが元作との関係に気づいたことと、正式な翻案権の処理が済んでいたことは同じではない、という点です。
完成後、『用心棒』との関係をめぐって東宝側との争いが起きました。レオーネは後年、この翻案をめぐる争いと、自分が製作会社ジョリー・フィルムに利益配分を求めた別の争いを分けて語っています。[2]
ただ、主演俳優自身は、出演前から「『用心棒』を西部劇にした物語」だと理解していたのです。
・言葉は通じなくても、映画のイメージは共有できた
イーストウッドがイタリアでレオーネに会ったとき、レオーネは英語を話せず、イーストウッドはイタリア語を話せませんでした。現場では多言語を話す通訳を挟み、演出を伝えました。[1]
二人に最初からあった共通言語は、むしろ映画だったのかもしれません。