藤千代を蘇らせるための幻の続編
『ガス人間第一号』には、水野がフランケンシュタインの怪物と出会う続編案がありました。目的は、ただ怪物同士を戦わせることではありません。水野は、亡くなった藤千代を蘇らせようとするのです。[1]
『フランケンシュタイン対ガス人間』。Toho Kingdomが紹介する資料では、1963年の企画、関沢新一による第1稿として扱われています。映画になった続編ではなく、脚本の構想に残った物語です。[1]
・銀行強盗の先にあった、藤千代への思い
1960年の映画で、ガス人間・水野が支えるのは、日本舞踊の家元・藤千代です。藤千代が舞台へ戻るために必要な金と、人間ではなくなった水野の執着が、犯罪と結び付いていきます。本多猪四郎の公式サイトも、水野を藤千代を愛する人物として紹介しています。[2]
続編案が拾ったのは、この二人の関係でした。藤千代を失った後も、水野の望みは終わらない。今度は死そのものを覆そうとするわけです。[1]
・舞台は香港、探す相手は死者を蘇らせる科学者
紹介されている第1稿では、水野は香港へ現れます。そこで頼ろうとするのが、フランケンシュタインの研究を受け継ぐギルドール博士。博士のもとには、蘇った怪物もいます。[1]
水野が博士に持ちかけるのは、藤千代を生き返らせる研究への資金援助です。ガスになって拘束をすり抜けられる水野にも、死者を蘇らせることはできません。その欠けている力を、別の怪奇映画の科学へ求める構成になっています。[1]
ところが、博士は物語の途中で命を落としてしまいます。すると水野は、残された怪物と組んで、藤千代の蘇生を進めようとします。怪物が単なる襲撃者ではなく、研究を引き継ぐ相手になるのが、この案の変わったところです。[1]
・「対」の相手は、協力者でもあった
題名だけを見ると、二大怪人の対決を想像します。しかし、水野が必要としているのは、怪物を倒すことではなく、藤千代を取り戻すことです。協力関係があってこそ、その作業が思いどおりに進まないときの衝突にも意味が生まれます。
本編で一度終わった悲恋を、死者の復活という無理な願いへつなぐ。実現していれば、警察がガス人間を追う映画から、ガス人間が失った人を追い求める映画へ、重心が移っていたかもしれません。
幻の続編を知ってから1960年版を見ると、水野の能力以上に、藤千代への思いが次の物語を生むはずだったことが気になります。続く予定だったのはガス人間の犯罪だけでなく、終わらせられない恋だったのですね。
・脚注
- abcdefToho Kingdom「Lost Films: Synopses Compendium by John LeMay」、2020年11月22日。「Frankenstein vs. the Human Vapor (1963)/By Shinichi Sekizawa (first draft script)」の紹介。
- 本多猪四郎公式サイト「ガス人間㐧一号」。1960年版の人物関係、作品情報、撮影写真。