『ゴジラ-1.0』の咆哮は、誰もいない野球場の空気を震わせて録った
ゴジラ映画では、ゴジラの巨大さを感じさせるものは映像だけではありません。
姿が画面いっぱいに映らなくても、咆哮が響けば、そこに大きな生き物がいると感じます。
その響きを作るため本作では、音響効果の井上奈津子が、ゴジラの声をZOZOマリンスタジアムで実際に鳴らしました。[1]
球場を使えた時間は、わずか2時間のみ!
・欲しかったのは、きれいな反響ではなかった
音を響かせるだけなら、録音スタジオの中でデジタル処理できます。
しかし井上さんは、プラグインで作る反響は整いすぎて、音の伸びもきれいになりすぎると説明しています。『ゴジラ-1.0』の咆哮には、その美しい響きは必要ないと考えました。[1]
欲しかったのは、巨大な声が現実の空気を押し、遠くまで伝わったときに混ざる粗さ、です。
屋外で大音量を鳴らせば、風や街の低い音も入ります。普通の録音なら避けたくなる成分ですが、今回はそれが、ゴジラの声へ現実感を加える材料になりました。
・必要なのは、屋根のない「すり鉢」
井上さんは以前から、巨大な空間で怪獣の声を鳴らし、その反響を録る方法を試したいと考えていたそうです。
計画するときに挙がった条件は、次のようなものでした。
- 屋根がなく、上が開いている
- すり鉢状で、音が広がる
- できるだけ静かな場所
- 多数のマイクと録音スタッフを配置できる
そこでプロデューサーへ相談したところ、ZOZOマリンスタジアムを使える可能性が出てきました。[1]
球場は大きく開け、観客席が音源を囲み、中心からの距離や高さを変えてマイクを置けます。
シネマトゥデイによると、録音技師たちは球場内の各所へ分かれて咆哮を収録したそうです。[2]
一つの声を、近くの迫力、遠くへ抜ける音、観客席にぶつかって戻る響きなど、異なる距離から集められます。
・使えたのは練習の合間の2時間
収録時期は野球のオフシーズンとはいえ、一日空いていたわけではなく、選手の自主練習の合間に借りられたのは、たった2時間だけでした。[1]
しかも、その時間に機材を準備し、マイクを配置し、録音まで終える必要があります。
扱った咆哮は2種類だったため、多くの人が協力し、短時間で収録を進めました。井上さんはインタビューで、球場を走り回りながら録ったと振り返っています。[1]
・ノイズも「巨大さ」の一部になった
実際に録れた音には、空気が鳴る低い音や、遠くの工場がうなるような音も混ざりました。
しかし井上は、その雑音を失敗とは考えず、デジタル処理だけでは作りにくい、空気そのものが震えた感覚と、少し禍々しい響きが、怪獣の声に合ったと考えました。[1]
『ゴジラ-1.0』の咆哮に入っているのは、声だけではありません。野球場の広さと、そこで実際に震えた空気まで録音されているのです。
デジタルが普及しても結局デジタルでやることは現実のアナログのアノマリーさの再現です。デジタルでそれができないのであれば結局足や手を実際に動かしてやらなければいけないのはデジタル時代のクリエイターの性ですね。