主な参考資料
- BFI
- American Cinematographer
- AFI
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日本では続編めいた題を付けられた本作(1966)だが、原題は『The Good, the Bad and the Ugly』で、『荒野の用心棒』(1964)や『夕陽のガンマン』(1965)と物語が直結する続編ではなく、後に「ドル箱三部作」とまとめられた独立作である。TCMとCINEMOREが記す製作費は約120万ドルで、撮影開始時の仮題『The Magnificent Rogues』から、脚本家ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニが現在の題名を考案した。エリ・ウォラックはローマとスペインのアルメリアで日の出から日没まで週6日、約4か月撮影し、現場にはトレーラーも空調もなかったと回想している。ウォラックによれば、橋の爆破場面ではクリント・イーストウッドの勧めで退避位置を変え、爆破後に当初の立ち位置へ岩片が降るのを見た一方、トゥーコの銃組み立て場面ではレオーネがカメラを回したまま即興を促した。終盤の銃撃戦はエンニオ・モリコーネが撮影前に録音した音楽に合わせて撮影され、スペイン文化省の登録記録は同国での1968年公開について観客数4,213,892人、興行収入1,110,404.04ユーロを掲げるが、これは世界興収ではない。
脚本家ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニによると、発想の足場は自身が関わった第一次大戦もの『戦争・はだかの兵隊』だった。戦争に翻弄される人物像を南北戦争下の三人組へ移し、財宝を追わせる物語をレオーネに提案したという。
イタリア語原題は「善玉・悪玉・卑劣漢」と三人を並べる。脚本家ヴィンチェンツォーニは、財宝を追う三人組の構想とともに、この題名も自分が提案したと回想している。
クリント・イーストウッドは当初、脚本への参加に難色を示したという。脚本家ヴィンチェンツォーニの回想では、その間にチャールズ・ブロンソンをブロンディ役の代替候補として考えたが、最終的にイーストウッドが出演した。
トゥーコ役のイーライ・ウォラックは、『荒野の七人』での悪役がレオーネの目に留まったと思っていた。BFIの取材によれば、監督が強く印象に残していたのはむしろ『西部開拓史』での滑稽味を帯びた演技だった。
イタリア製西部劇に馴染みのなかったウォラックは、レオーネとの面会で前作『夕陽のガンマン』を約5分見せられた。本人はその短い映像だけで出演を決めたと回想している。
イタリア人監督レオーネと米国人俳優ウォラックは、現場で言葉に困ると主にフランス語で話した。ウォラックによれば、スクリプターも英語を理解し、演技上の意思疎通を助けていた。
ウォラックはレオーネがベルトとサスペンダーを併用しているのを見て、トゥーコの服装にも取り入れた。一方、拳銃を首から下げる監督案は、監督自身が実演して扱いにくさが分かり、ポケットに入れる形へ変えたという。
トゥーコが銃店で拳銃を選ぶ場面について、ウォラックはレオーネから「組み立ててみて」と促されたと語る。銃に詳しくない彼が部品を試す間もカメラは回り続けたため、その手探りが場面に生かされた。
トゥーコがせわしく十字を切る仕草は、ウォラックの故郷ブルックリンで見たイタリア系住民の動きを誇張したものだった。レオーネは俳優がこうした身振りや一部のせりふを役に持ち込むことを認めた。
国際的な出演陣で撮影した本作は、後からせりふを録り直す工程が重要だった。ウォラックはレオーネと英語版の台詞を担当したミッキー・ノックスに付き、7日間にわたって吹替を行ったと回想している。
撮影中、ウォラックはいつも飲むスペイン製のレモンソーダと似た瓶を手に取った。中身は小道具に使う酸で、口に入れた瞬間に気づいて吐き出したと本人が語っている。
トゥーコの首吊り場面では縄を断つ仕掛けに爆薬を使った。ウォラックの証言では、爆発が想定より強く、本人は半日ほど耳が聞こえにくくなったという。
橋の爆破は一度、予定外のタイミングで起きた。ウォラックはその後、同じ爆破場面を撮り直したと振り返っているが、誰の操作が原因だったかまでは本人の回答だけで確定できない。
橋を爆破する場面で、イーストウッドはウォラックに撮影位置を下げるよう勧めた。爆破後、二人が当初いた場所には石や破片が降り注ぎ、ウォラックはこの助言に感謝していた。
【ネタバレあり】三人が対峙するサッド・ヒル墓地は、既存の墓地ではなくスペインに造った巨大セットだった。現地取材では墓標は約5,000基とされ、ウォラックも造成に数週間を要したと回想している。
【ネタバレあり】サッド・ヒルで墓を探して走り回るトゥーコの場面について、ウォラックは自分がカメラになったような撮り方を提案したと語る。発想の手がかりは1946年の映画『大いなる遺産』にあったという。
【ネタバレあり】ウォラックによれば、レオーネは結末で墓地のトゥーコを上空からどんどん小さく見せるヘリコプター撮影を望んだ。ところが当時のカメラは振動し、狙った引きの映像を撮れなかったという。
本作の横長画面には、35mmフィルムを通常より小さなコマで送るTechniscope方式を使った。撮影監督トニーノ・デリ・コリの説明では、1コマをフィルム穴2つ分に収め、フィルム使用量を抑えられた。
撮影監督デリ・コリによると、レオーネと美術・撮影側は赤、茶、ベージュ、オフホワイトを中心に使う方針を共有していた。乾いた土地と人物を結びつける画面の基調は、撮影段階から意識されていた。
モリコーネはレオーネの西部劇でおなじみになった口笛を、三作目でも繰り返すことを避けた。本作の主題にはコヨーテの遠吠えを思わせる声を採り入れ、三人の物語を別の響きで始めた。
【ネタバレあり】墓地の決闘は脚本より画面のリズムで組み立てた。ヴィンチェンツォーニによれば、簡潔な記述をレオーネが視線、間、編集のリズムへと広げた。
南北戦争の風景や兵士の姿を考える際、制作陣は当時の写真を参照した。ウォラックは写真家マシュー・ブレイディの写真をレオーネが用いたと回想し、AFIも南北戦争の写真調査を記録している。
本作には公開地域・時期で異なる長さの版がある。ウォラックは米国公開時に洞窟や砂漠の場面が削られたと回想し、現行の復元商品でも約162分の国際版と約179分の拡張版が別々に収録される。
Arrowの4K修復は、撮影時の2パーフォレーションのオリジナルネガを基にしている。同社は国際版と拡張版を収録し、別のKino Lorber版は1967年のテクニカラー・プリントを色調の参考にした。どちらの復元版かで尺と色の基準が異なる。
【ネタバレあり】トゥーコが墓地を駆け回る場面で、撮影監督デリ・コリは25mmと75mmのレンズを付けた2台のカメラを一本の棒の両端に据えた。同時に向きを変えながら広い画と寄りの画を押さえ、撮影時間を短縮したという。
【ネタバレあり】列車で手錠の鎖を切る場面では、鎖の側に人形を置きつつ、ウォラック本人も線路脇に伏せた。本人は最初の撮影で車体が頭に数インチまで迫ったと語り、撮り直しでは顔が映らないほど身を縮めたため、最初の映像が使われたという。
脚本家ヴィンチェンツォーニは、米国配給会社から「2時間以内に」と求められ、初期編集から約45分を削る役目でレオーネと衝突したと回想する。最終的な米国公開版も2時間を超えるため、この数字は要求と交渉過程の話であり完成版の尺ではない。
撮影監督デリ・コリは、モリコーネの音楽の初期版が用意され、スタジオで流されることがあったと語る。一方、脚本家は主要曲が撮影後に入ったとし、ウォラックは自分は公開まで聞かなかったと回想した。現場での音楽の使い方は場面や参加者によって異なった。
チャールズ・ブロンソンをトゥーコやエンジェル・アイズ役に正式オファーしたという説には、確認できる契約・交渉資料がない。脚本家ヴィンチェンツォーニの回想では、ブロンソンはブロンディ役の代替案だった。候補と正式オファーも別の話である。
【ネタバレあり】「初公開時の約2時間11分版では、トゥーコが吊られたまま終わり、ブロンディが別の言葉を残す」という説がある。しかし、確認できたArrowの162分国際版・179分拡張版とKino Lorberの162分版の資料は、その131分版や結末を示していない。未知の地域版を否定しきる資料もないため、現時点では未確認の説である。
続・夕陽のガンマン/地獄の決斗を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。