『インターステラー』のブラックホールは、一本の光線ではなく「光の束」を計算した
『インターステラー』のガルガンチュアを作るため、DNEGと物理学者キップ・ソーンは約1年かけて、専用ソフトDNGR――Double Negative Gravitational Rendererを開発しました。重力で曲がる光を、IMAXの大画面でちらつかない映像へ変えるためのソフトウェアです。[1][4]
・「1時間が7年」という条件から、回転する天体へ
水の惑星ミラーでは、地表の1時間が地球の約7年に相当します。ノーランがこの時間差を求めたとき、ソーンは最初、物理的に成立するとは思わなかったそうです。しかし、非常に速く自転するブラックホールの、安定して周回できる限界に近い軌道へ惑星を置けば、強い時間の遅れを作れる可能性がありました。ガルガンチュアは、この計算から回転する「カー・ブラックホール」として設計されました。[2]
・円盤の奇妙な形は、計算ミスではなかった
一般的なCGのレイ・トレーシングは、光の直進を基本にします。ところがブラックホールの近くでは時空が曲がり、裏側から出た光も進路を変えてカメラへ届きます。周囲を何度も回る光が、同じ星を複数の像として見せることもあります。ソーンが一般相対性理論の式をまとめ、DNEGがコードへ変えました。WIREDによると、約30人と多数のコンピューターが開発に関わっています。(地球の環境とは似て非なる場所の描写をするためには、地球の環境を表現するレンダーでは役に立たないということですね)[1][3]
試しに平たい色のリングを置くと、裏側の光が上と下へ回り込み、正面の円盤と交差する姿になりました。VFXチームはレンダラーの不具合を疑いましたが、ソーンは数式から生じる重力レンズ効果だと理解しました。[3]
・細い像を拾うため、光を「束」で追った
一本ずつの光線では、極端に細い像を十分に拾えず、カメラが動くと星や円盤がちらつきます。そこでDNGRは、断面が楕円形の光の束が、曲がった時空で伸び、押しつぶされ、回転して届く過程を計算しました。像が密集する場所でも滑らかな動画を作れ、DNEGとソーンらの査読論文には、技術とともに回転ブラックホール近傍の重力レンズについて得た知見も記されています。[4]
一部のフレームは、レンダリングに最大約100時間かかりました。全フレームの所要時間ではなく、光が複雑に回って像へ分裂する箇所の数字です。映画全体の制作データは約800TB(!!)に近づき、70mm IMAXの画面に対応する品質が求められました。[3][5]
・観客へ形を伝えるため、色の差は弱めた
高速で回る降着円盤は、ドップラー効果で近づく側が明るく青白く、遠ざかる側が暗く赤く見えるはずです。完成版は増光と周波数変化を弱め、左右を比較的均等な明るさにしました。片側だけが強く輝くと、観客が一つの天体として形を読み取りにくいためです。[4][6]
・M87*との違いは、観測条件にもある
2019年にイベント・ホライズン・テレスコープが公開した、銀河M87の中心のブラックホールM87*の画像は、映画と同じ条件ではありません。映画の薄い円盤をほぼ横から見る設計に対し、M87*は見る角度、ガスの厚さ、観測の解像度が異なります。EHTは、こうした違いはあるものの、映画が全体的な形をよく表していると説明しています。[6]
DNEGは2020年、DNGRで観測角度を変え、映画型の横線のある像からM87*に近い円形へ移る様子を、比較映像で公開しました。[7]
・脚注
- abDNEG「Gravitational Lensing by Spinning Black Holes」(2015年2月13日)。キップ・ソーンとDNEGのオリバー・ジェームズらが約1年かけてDNGRを開発したこと、一般相対性理論の式で回転ブラックホール周囲の光束を追跡したこと、開発チームを確認した。(リンク)
- WIRED「The Metaphysics of Interstellar」(Adam Rogers、2014年11月)。クリストファー・ノーランとキップ・ソーンの対談。ミラー星の極端な時間差を、急速に回転するブラックホールと最終安定軌道に近い惑星で成立させた検討過程を確認した。(リンク)
- abcWIRED「Wrinkles in Spacetime: The Warped Astrophysics of Interstellar」(Adam Rogers、2014年10月)。ソーン、ポール・フランクリン、ユージェニー・フォン・タンゼルマンらへの取材。約1年・約30人の開発、通常のレイ・トレーシングを使えない理由、降着円盤の試作、最大約100時間のフレーム、約800TBの制作データを確認した。(リンク)
- abcOliver James、Eugénie von Tunzelmann、Paul Franklin、Kip S. Thorne「Gravitational lensing by spinning black holes in astrophysics, and in the movie Interstellar」Classical and Quantum Gravity 32 065001(2015年)。DNGRの楕円形レイ束、IMAX映像のちらつきを抑える目的、従来手法との差、回転ブラックホール近傍の重力レンズ研究、映画版で色・明るさを調整した判断を確認した。CC BY 3.0。(リンク)
- CERN Courier「Building Gargantua」(2019年7月19日)。IMAX品質のため一部フレームが最大100時間、通常作品の目安が5〜6時間、映画全体のデータが約800TBだったとの制作規模を確認した。(リンク)
- abEvent Horizon Telescope「How realistic are movie depictions of black holes, for example in the ‘Interstellar’?」。ガルガンチュアは全体形状を相当に現実的に示す一方、映画ではドップラー効果を切り、実際のM87*やSgr A*より薄い降着円盤を使ったという研究機関の説明を確認した。(リンク)
- DNEG「Science and the Silver Screen: DNEG releases new Black Hole imagery」(2020年11月24日)。DNGRを用いてガルガンチュアとM87*の見え方を比較し、主な形の差を観測角度から説明する公式映像を確認した。(リンク)