邦題『シノーラ』は、消えた脚本題に残る「実在事件の痕跡」だった
原題『Joe Kidd』は主人公の名前ですが、邦題『シノーラ』はニューメキシコ州にある劇中の架空の町を指します。この題名をたどると、西部劇の脚本に取り込まれた、1967年の実在事件へ行き着きます。[1][2]
・着想源は、ティエラ・アマリヤ郡庁舎襲撃
西部小説家エルモア・レナードは、イーストウッドのために映画用のオリジナル脚本を書きました。着想源は1967年6月5日、ニューメキシコ州で起きたティエラ・アマリヤ郡庁舎襲撃です。[2][3][4]
率いたのは、スペイン・メキシコ統治時代から続く共同土地の権利を取り戻そうとする、アリアンサ・フェデラル・デ・メルセデスの指導者レイエス・ロペス・ティヘリーナでした。1848年のグアダルーペ・イダルゴ条約で尊重されるはずだった土地譲渡の権利は、その後の所有権の移転で失われていきます。ティヘリーナたちは土地の返還と運動参加者の釈放を求め、リオ・アリバ郡の庁舎へ入りました。事件後には州兵や警察の大規模な捜索が行われました。[4]
レナードはこの事件を20世紀初頭へ移し、ティヘリーナをルイス・チャマ、ティエラ・アマリヤをシノーラへ置き換えました。下の写真は、その着想源となった地域を示す1874年の歴史資料です。[6]
・初期の題名が、日本では残った
脚本の初期題は『The Sinola Courthouse Raid』、直訳すると「シノーラ郡庁舎襲撃」でした。実在事件の「Tierra Amarilla Courthouse Raid」とほぼ同じ形です。製作時には短い『Sinola』となり、アメリカ公開時に主人公名の『Joe Kidd』へ変わりました。AFIにも製作時の別題が記録されており、日本では、その中間の題名が残ったことになります。[1][2]
・チャマを善玉へ変えたことに、レナードは反対した
レナードの初期案では、チャマは民衆より自分の栄光のために動く人物で、ティヘリーナの再現ではありませんでした。ジョン・スタージェス監督が善玉へ近づけると、レナードは物語の力学が崩れたと考えます。正しい指導者なら、ジョーが反発し、どちらに立つか迷う理由が弱くなるためです。[2]
完成版への不満は主にこの変更へ向けられたもので、イーストウッドについては仕事のしやすい相手だったと振り返っています。[2][5]
・脚注
- abAFI Catalog「Joe Kidd」。1972年、ジョン・スタージェス監督、エルモア・レナード脚本、クリント・イーストウッド主演の対象作であること、製作時の題名が『Sinola』だったこと、撮影時期と場所、完成作の基本情報を確認した。(リンク)
- abcdeFilm Comment, Volume 34, Number 2(1998年3・4月号)掲載のエルモア・レナード本人取材。ティヘリーナとニューメキシコ州の郡庁舎襲撃を下敷きにしたこと、初期脚本題『The Sinola Courthouse Raid』、当初のチャマの人物像、スタージェスによる変更、イーストウッドとの脚本作業を確認した。該当箇所は誌面48ページ。(リンク)
- Los Angeles Times「MOVIES: Hey, Crime Does Pay」(1995年10月15日)。レナード本人が、本作をイーストウッドのためのオリジナル脚本として依頼されたこと、改稿時にプロデューサーが書き換えた台詞を自分の台詞へ戻したことを振り返っている。(リンク)
- abLibrary of Congress Research Guides「1967: Tierra Amarilla Land Grant & Courthouse Raid」。1967年6月5日の事件、ティヘリーナとアリアンサ・フェデラル・デ・メルセデス、土地譲渡問題、事件に至る経緯を確認した。(リンク)
- The Daily Beast「‘Justified’ Season Finale: Elmore Leonard Interviewed」(2012年4月9日)。レナードがイーストウッドの演技ではなく、スタージェスによるチャマの善玉化を問題として挙げたことを確認した。(リンク)
- Wikimedia Commons「Lagunas Caballo or Horse Lakes...」およびNew York Public Library由来の公開情報。ティモシー・H・オサリヴァン撮影、1874年、ニューヨーク公共図書館所蔵資料、DPLA経由、CC0表記を確認した。(リンク)