失われた歌を残していたのは出演者の母だった
『おもひでぽろぽろ』に登場する『ひょっこりひょうたん島』の歌には、音源が見つからず、使えるかどうかも危うかったものがありました。手がかりを残していたのは、博士の声を演じた中山千夏の母親です。娘の収録へ通い、その音を録っていたのです。[1]
鈴木敏夫が語った、高畑勲の音源探しの回想です。ただし、その録音が一直線に映画へ渡ったわけではありません。間には、一度きりの放送を残した別の人のテープがありました。[1]
・必要だった歌が、残った映像に入っていない
高畑が聴きたかったのは、トラヒゲやドン・ガバチョの歌でした。ところが、レコード会社にも音源がなく、借りることのできた番組の映像にも、その歌の場面が入っていません。作曲家の宇野誠一郎を訪ねても、当時の楽譜や記憶から取り戻すことはできませんでした。[1]
有名な番組だからといって、必要な一曲がすぐ出てくるとは限らないのですね。主題歌を手に入れることと、ある放送回で歌われた曲を探すことは、別の仕事でした。
・母の録音がラジオになり、そのラジオが録音された
鈴木は知人たちのつながりを頼り、探していることを広く伝えました。そこで届いたのが、北海道で放送された『懐かしのひょうたん島』というラジオ特番を録音したカセットです。高畑はそれを聴き、自分で楽譜を書き起こしました。[1]
そのラジオ特番を作るときに使われていた音源こそ、中山千夏の母が収録現場で残した録音でした。母の録音、ラジオ放送、放送を残したリスナーの録音。違う目的で作られた記録がつながって、映画の制作現場へ届いたわけです。[1]
・音が戻っても、人形の動きは戻らなかった
歌を聴ければ、準備が全部終わるわけでもありません。高畑は、人形がその歌に合わせてどう動いていたかも知りたくなりました。鈴木たちは関係者を訪ねましたが、当時の振り付けを再現できる記憶にはたどり着けませんでした。[1]
鈴木によれば、映画に描かれた該当場面は、そうして想像で作っています。音が見つかったことと、放送当時の画面が丸ごと戻ったことは同じではないのです。[1]
この経緯を知ると、映画の中で聞こえる昔の歌にも、少し耳を澄ませたくなります。誰かにとっては子ども時代の記憶でも、それを映画の音として鳴らすには、実際に聴ける記録が必要でした。
出演していた娘の声を残すための録音が、別の誰かの懐かしい歌を残し、さらに別の映画を助ける。大きな保管先だけでは拾い切れなかった音が、人の手を渡って帰ってきた話です。