完成した回想映像を、もう一度フィルムで撮った
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の回想への切り替わりには、出来上がった映像をもう一度撮影する、ひと手間が加わっています。地球の回想映像を4Kモニターに映し、フィルムカメラのARRI 435で撮り直したのです。[1]
同じ場面を俳優に演じ直してもらったのではありません。撮影の対象になったのは、すでに仕上がっている映像。その像をわざと乱し、宇宙船にいるグレースの現在から、地球の記憶へ移るために使いました。[1]
・注文は、昔のアニメの回想みたいに
きっかけは、仕上げ作業中にフィル・ロード監督が撮影監督グレイグ・フレイザーへかけた電話でした。昔のテレビアニメでは、回想へ入るときに画面が波打つように揺れることがあります。ロードが相談したのは、あの感じ。二人の間では「スクービー・ドゥー効果」で話が通じたそうです。[1]
監督たちがIMAXのインタビューで説明しているのは、画面の形の違いです。宇宙は縦に高く、地球は2.39対1の横長。記憶が戻るたびに形が変わるので、その境目にも、思い出へ入っていく感覚が欲しかったのですね。[2]
・光を上下へにじませ、二つの画面をつなぐ
フレイザーは、モニターの映像を撮るフィルムカメラのシャッターのタイミングを、意図的にずらしました。それによって像に流れるような筋を作り、二つの画面をつなぐ材料にしています。[1]
ミラー監督の説明では、再撮影時にレンズにも手を加え、横長の地球の映像から、光が縦方向へ伸びるようにしたといいます。画面は狭い記憶へ入っていくのに、光はその上下へはみ出していく。枠の切り替えまで、記憶が浮かぶ瞬間の動きにしているわけです。[2]
・戦争映画の技法を、記憶の揺らぎへ
フレイザーが参照したのは、『プライベート・ライアン』(1998)の撮影技法でした。同作のヤヌス・カミンスキーも、シャッターの同期をずらし、ヘルメットなどの明るい部分に縦の光の筋を生んだと説明しています。[1][3]
カミンスキーによると、光の強弱によっても効果の出方が変わりました。強い日差しでは流れすぎ、曇り空に小さなハイライトがあると美しく出る。一律の模様を重ねるのではなく、何が写っているかで変化する、撮影上の効果だったのです。[3]
その方法が、本作では戦場の混乱ではなく、思い出へ入るために使われました。同じ撮影上の工夫でも、流れる光に担わせる役割が違います。
・フィルムの粒を足すだけではない
本作には、この転換効果とは別に、映像をフィルムへ出力して質感を整える工程もあります。フレイザーとカラリストのデイヴ・コールは、宇宙と地球で異なるフィルムを使い、現在の孤独と、地球を懐かしむ記憶を描き分けました。[1]
コールが重視したのは、粒子だけではありません。明るい光のにじみや、ごく小さな画面の揺れなど、フィルムを通すことで生まれる変化も含まれています。[1]
回想を見返すときは、地球の場面そのものだけでなく、その前後にも注目してみてください。画面の形が変わる瞬間の光にも、グレースが記憶を取り戻す手がかりがあるのです。
・脚注
- abcdefgAmerican Cinematographer「Project Hail Mary: Greig Fraser, ASC, ACS Explains the Film’s “Scooby-Doo Effect”」、Max Weinstein、2026年4月28日。フレイザーとコールの説明。
- abIMAX公式「Only Greig Fraser could hear “Scooby Doo wavy lines” and make a masterpiece」。ロード/ミラーのインタビュー。0:07〜0:30に画面比率と発案、0:31〜1:01に再撮影と光の流れの説明。
- abAmerican Cinematographer「Janusz Kamiński Shoots Spielberg’s Saving Private Ryan」。カミンスキー本人による、シャッターの同期ずれと明部の筋状の流れの説明。