主な参考資料
- The Criterion Collection
- BFI
画像は生成イメージです
本作は1954年に大映京都で製作された、森鴎外の1915年の短編を溝口健二が映画化した作品である。 八尋不二の初稿は原作に忠実だったが、溝口の意向を受けた依田義賢は中世荘園の奴隷制度と奴隷解放を前面に出す脚本へ組み替えた。 さらに原作で姉だった安寿を妹、弟だった厨子王を兄に変え、映画では成人後の二人に重心を置き、香川京子と花柳喜章という配役が古典への忠誠より映画の人物関係を優先させた。 中世の荘園と奴隷制度を厳密に調べ、宮川一夫の撮影、伊藤熹朔・中島小三郎の美術、岡本健一の照明、大谷巌の録音、早坂文雄の音楽を結集して、124分の白黒作品を作り上げた。 1954年のヴェネツィア国際映画祭では溝口にサン・マルコ獅子賞が贈られ、『西鶴一代女』(1952年)、『雨月物語』(1953年)から3年続いた同映画祭での受賞は、大映専属期の溝口を国際的な監督へ押し上げた。 放送表の4Kデジタル修復版は別作ではなく、初期マスターポジを基にKADOKAWAとThe Film Foundationが復元し、宮川の長年の助手だった宮島正弘が監修した同じ本編であり、古典を残す仕事は脚本を直すよりフィルムの傷と和解するほうが先らしい。
本作は1954年3月31日に公開された劇場映画である。放送題にある「4Kデジタル修復版」は同じ1954年版を復元したもので、新作や再映画化ではない。KADOKAWAの商品ページに「作品公開年:2017年」と表示される一方、同ページの著作権表記とJFDBは1954年作であることを示している。
説経節から森鴎外の短編を経て映画になった。安寿と厨子王の話は説経節として語り継がれ、森鴎外が1915年に短編「山椒大夫」へ書き直した。本作は鴎外の短編を直接の原作にしながら、人物の年齢、兄妹の順序、厨子王の変化、奴隷解放の描き方をさらに組み替えた。
八尋不二が最初に書いた脚本は、森鴎外の原作に沿うものだった。溝口健二は子どものまま物語を進めることに難色を示し、依田義賢へ改稿を引き継がせた。依田は成人後の兄妹を中心に置き、奴隷制度と奴隷解放が人物の選択を動かす社会劇へ組み直した。
森鴎外の原作では安寿が姉、厨子王が弟であり、二人は子どものままで物語を進む。本作は香川京子と花柳喜章を成人した兄妹として配したため、安寿を妹、厨子王を兄へ変更した。国立映画アーカイブは、年齢だけでなく出生順も配役に合わせて組み替えたことを記録している。
本作の厨子王は、ただ耐え続ける被害者として描かれない。成長する間に父の教えを忘れ、逃亡者へ焼き印を押すほど山椒大夫の支配へ順応する。依田義賢と溝口健二は、厨子王が一度は抑圧する側へ加わり、安寿によって人間性を取り戻す変化を作った。
溝口健二は安寿役の香川京子へ、平安期の女性木像の写真を見せ、翌日にでも寺で実物を見るよう求めた。溝口は建築、絵画、経済史、奴隷史にも目を通すよう伝えた。衣装や姿勢を古く見せるだけでなく、安寿が置かれた社会制度まで理解させる準備だった。
安寿の入水場面について、香川京子は腰まで水に入った記憶を語っている。一方、撮影助手の宮嶋正弘は、腰まで入る画を演じたのは吹き替えの武田喜久子だったと証言した。宮嶋によれば、撮影はクランクアップの2〜3日前、京都・宇多野の療養所脇にある池で行われた。
安寿の姿が見えなくなった後、水面に気泡が浮かぶ。撮影助手の宮嶋正弘は、池の底へゴム管を沈め、自分が管へ空気を送って気泡を作ったと記録している。大がかりな機械ではなく、画面外の簡単な仕掛けで入水後の変化を表した。
入水場面の前景にある竹葉は、撮影時に墨を塗って暗くしたと豊橋市の映画博物館が紹介している。白黒映画では色そのものではなく明暗差が画面の奥行きを作るため、水面を明るく残し、手前を沈ませた。自然の景色をそのまま記録するのではなく、安寿の決意へ視線を導くため現場で濃淡を設計した。
玉木が逃げられないよう傷つけられる場面で、撮影助手の宮嶋正弘は周囲の女郎役へ同じ反応を振り付けた。溝口健二は一律の動きを止め、売られたばかりの娘と長年見慣れた古参では受け止め方が違うと説明した。溝口は各俳優へ人物の境遇を考える時間を与え、群衆を一つの反応で処理しなかった。
国分寺の堂内場面は、広隆寺の金堂と唐招提寺で撮影された。撮影助手の宮嶋正弘は、国宝建築内で照明を組み、松明を持つ大人数を走らせる撮影が許された背景に、溝口健二の現場管理への信用があったと回顧している。建物を借りた事実と、信用が理由だったという宮嶋の評価を分けて読む必要がある。
本作の音楽は早坂文雄が担当し、国立映画アーカイブの所蔵記録は小寺金七と望月太明吉を邦楽担当として記録する。早坂の旋律へ伝統楽器の響きを加えることで、時代設定を示すだけでなく、母の歌と家族の記憶を映画全体へ通した。単なる背景音ではなく、離れた人物を結ぶ役割を持つ。
本作は1954年のベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した。溝口健二にとっては『雨月物語』(1953)に続く2年連続の受賞であり、『西鶴一代女』(1952)から3年続けて同映画祭で評価されたことになる。後年の4K修復は、この初公開時の受賞歴を持つ映画を復元したものだ。
本作の4K修復は、現存する最良の初期マスターポジを素材に進められた。マスターポジはネガから焼いた保存・複製用のポジフィルムで、修復班は残された複数素材から元の画調を再構成する必要があった。映像はCineric、音声はAudio Mechanicsが担当した。
DCPだけでなく保存用フィルムも作った。The Film Foundationは、保存用のインターネガと光学サウンドネガ、上映用の35mmプリントとDCPを作成したと報告している。インターネガは将来の複製に使う中間ネガ、DCPはデジタル上映用パッケージであり、フィルムとデジタルの両方に出口を用意した。
KADOKAWAの4K修復版Blu-rayは、撮影監督の宮川一夫、美術監督の内藤昭、映画評論家の白井佳男、脚本家の依田義賢による旧DVDの音声解説を再収録した。4K修復は画質と音質を整えるだけではなく、制作当事者が残した説明を新しい媒体へ引き継ぐ役割も担った。
KADOKAWAは、本作の終幕でカメラが海へゆっくり動く画が、ジャン=リュック・ゴダール監督の『気狂いピエロ』(1965)の終幕に引用されたと紹介している。二つの映画の画面上の類似だけで制作意図を断定するのではなく、権利元が伝える影響関係として記録する。ゴダール本人の制作証言までは確認できていない。
本作はBFIが実施した2022年のSight and Sound批評家投票で75位となった。IMDb Triviaには2012年投票で59位だったという投稿があるが、それは過去回の順位である。評価の上下ではなく、調査年の違いを明記しないと数字だけが更新されずに残る。
KADOKAWAの商品ページには「作品公開年:2017年」と表示されるが、本作を2017年の新作とみなすのは誤りである。同じページに「(c) KADOKAWA 1954」とあり、JFDBは劇場公開日を1954年3月31日と記録する。2017年は4Kデジタル修復版Blu-rayの発売年である。
本作の4K修復を「完全に残っていたオリジナルネガの直接スキャン」と説明するのは誤りである。The Film Foundationは、現存する最良の初期マスターポジを素材にしたと報告している。残されたポジフィルムから画調を再構成し、保存用の新しいフィルムも作る修復だった。
IMDb Triviaにある59位という数字は、2012年のSight and Sound批評家投票についての記録である。最新の2022年投票でも59位だったという意味ではない。BFIの現行作品ページは2022年の順位を75位と記録している。
山椒大夫を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。