『千と千尋の神隠し』「いつも何度でも」は、別の映画を思い描いて作られた
『千と千尋の神隠し』の最後に流れる「いつも何度でも」は、実現しなかった映画企画『煙突描きのリン』に触発されて生まれた曲です。千尋の物語に合わせて発注された歌ではありません。作曲して歌った木村弓は、宮崎駿から届いた手紙が、その出発点になったと振り返っています。[1]
・始まりは、木村弓が送った手紙と音源
1998年の夏、木村は宮崎へ、自分の歌を映画に添えられたらうれしいという手紙と音源を送りました。同年9月に届いた返事には、新しく考えている『煙突描きのリン』の物語が書かれていました。ただし、企画が実現すれば連絡するかもしれない、という話で、仕事の約束ではなかったそうです。[1]
木村が覚えている構想では、画学生の少女が大阪から東京へやって来て、銭湯の煙突に絵を描く代わりに、裏の部屋へ住まわせてもらいます。煙突の上で少女が歌うことで、話が動いていく映画でした。返事から約1か月半後、木村に浮かんだメロディーが、この企画に合うのではないかと思えた。そこで作詞家の覚和歌子へ相談し、歌を形にしていきました。[1]
・映画がなくなっても、歌は残った
『煙突描きのリン』は実現しませんでした。それでも木村は、企画については話さず、コンサートで「いつも何度でも」を歌い続けます。客席から、代表曲になるのではないかと言われることもあったそうです。映画を失った歌が、歌として育っていたわけです。[2]
・主題歌の依頼に、歌手のほうが戸惑った
木村の記憶では、採用の電話は2001年2月。ジブリのスタッフに続いて宮崎が電話口へ出て、映画の最後にこの曲を流したいと伝えました。ところが木村は、すでに見ていた予告編の不穏な雰囲気と、自分の歌が結びつかず、映画に合うのかと尋ねています。スタッフから返ってきたのは、今回も風呂屋が舞台で、リンという少女も登場する、という説明でした。[2]
・脚注
- abc文春オンライン:木村弓さんインタビュー #1 第2ページ(平田裕介、2022年1月7日)。手紙、幻の企画、作曲のきっかけ。
- ab文春オンライン:木村弓さんインタビュー #2(平田裕介、2022年1月7日)。コンサートと主題歌採用の電話。