出発点は、大学院の修了制作脚本だった
『ゆりかごを揺らす手』の出発点は、脚本家アマンダ・シルヴァーが南カリフォルニア大学、USCで書いた大学院の修了制作脚本でした。シルヴァーが脚本の修士課程を卒業したのは1989年。本作はその3年後、1992年に公開され、彼女にとって最初の劇場公開長編の脚本クレジットになりました。[1]
どうやって学生の脚本が映画の製作者に届いたのでしょうか。シルヴァーが母校の取材で挙げたのは、当時の婚約者リック・ジャッファです。ジャッファはウィリアム・モリスのエージェントとして働き始めており、脚本を読んでくれる製作者へつながる窓口になりました。シルヴァー自身は、この出会いに恵まれたことを幸運だったと振り返っています。[1]
さらにカーティス・ハンソンが監督として加わると、脚本を磨く作業が進みます。シルヴァーの説明では、ハンソンは辛抱強く開発に付き合い、ジャッファも改稿へ参加しました。完成作の画面に出る脚本クレジットはシルヴァー一人ですが、映画になるまでの作業は一人で閉じていたわけではありません。[1][2]
映画化の契約にも、実現するかどうかの区切りがありました。AFIが紹介する1992年の報道では、インタースコープは前払い20万ドルで脚本のオプション契約、つまり映画化を進める権利を押さえる契約を結び、本作が製作されれば追加で30万ドルを支払う条件だったといいます。[2]
・脚注
- abcUSC School of Cinematic Arts「Alumni Interview - Amanda Silver」。2014年7月2日。シルヴァー本人の修了脚本・ジャッファ・ハンソンについての回想。
- abAFI Catalog「The Hand That Rocks the Cradle」。製作史、1992年2月14日付LA Weeklyの契約報道、画面上の脚本クレジット。