『パトレイバー2』は自転車映画になるはずだった!? 完成版に残る初期構想
実は本作には、完成しなかったもう一つの姿があります。
なんと、東京の電車も車も使えなくなり、人々が自転車で街を走り回る映画です。
押井守監督は2024年、国土交通省Project PLATEAUのインタビューで、本作は「自転車が走り回る映画」になる予定だったと明かしました。[1]
ロボットアニメなのに、主役はレイバーではなく自転車。この案で押井監督が描こうとしたのは、東京に暮らす人の頭の中にある「距離」でした。
・私たちは東京をキロではなく時間で測っている
押井監督によると、都市生活者は頭の中に仮想の地図を持っていると言います。
そこに記されているのは、駅と駅の正確な距離ではありません。電車を乗り継げば30〜40分かかる、といった移動時間。[1]
地図上では遠く見える場所でも、電車ならすぐ着く。反対に、直線距離は近くても、乗り換えが多ければ遠く感じる。
つまり都市の大きさは、道路や線路だけでなく、交通機関が作る時間によって決まっているというのです。
・電車と車が止まると、頭の中の地図が壊れる
では、電車も車も使えなくなったらどうなるのか。
押井監督が興味を持ったのは、単に移動が不便になることではなく、いつもの交通手段を失い、自転車など別の方法で移動すると、遠いと思っていた場所が意外に近いと気づく。その瞬間に、時間で作った都市の地図が崩れるという点でした。[1]
『パトレイバー2』の東京では、ベイブリッジ爆破をきっかけに警察と自衛隊の対立が深まり、街が混乱へ入っていきます。[2]
初期構想では、この異常事態を会議や部隊配置だけでなく、移動手段を失った市民の身体からも見せる予定だったそうです。
・全員が自転車で移動する別案だった
押井監督の説明はかなり具体的です。
車はまったく使えず、電車も停止する。そこで人々が自転車を持ち寄り、東京を移動する。電車や自動車を前提にした距離感を、自分の脚で進める距離へ置き換えていく構想でした。[1]
これは、自転車で敵を追跡するという単純なアクション案ではありません。
普段は駅名と所要時間で結ばれている東京を、人が移動できる実際の距離へ戻していく。所要時間で形づくられた頭の中の東京が崩れる世界を描く案でした。[1]
完成版が見せるのは、情報と命令が都市を動かす戦争のシミュレーションです。押井監督は別のインタビューで、本作では東京にクーデターに似た状況を起こし、日本が自前で戦争のできる国なのか試そうとしたと振り返っています。[3]
自転車案がもっと残っていれば、そこへもう一つ、市民が東京の距離を測り直す映画が重なっていたことになります。
・消えた構想は、冒頭とバンの中に残っている
この別案は、実は完成版から完全に消えたわけではありません。
押井監督は、自転車案の痕跡として二つの場面を挙げています。
- 冒頭から人物が自転車に乗っている
- フォルクスワーゲンのバンに自転車が積まれている
どちらも偶然置かれた小道具ではなく、監督自身が初期構想の名残として説明したものです。[1]
事情を知らずに見ると、自転車は生活感を出す背景の一部に見えます。しかし初期案を知ると、完成しなかった映画の入口と移動手段が、そのまま画面に残っていると分かります。
・なぜ「自転車映画」にならなかったのか
自転車案をやめた理由は、
実現するのが大変で、描くには尺が必要になり、映画向きではないという点でした。そのため、最終的には観客へ伝わりやすい形へ整理したのだそう。[1]
都市の距離感が少しずつ変わる過程を描けば、多くの移動場面が必要になります。面白い発想でも、政治と軍事の危機を追う本筋と同じ映画に収めれば、話の焦点が増えてしまいます。
そこで完成版は、警察と自衛隊の緊張、情報の混乱、東京への部隊展開という、危機が一目で伝わる形を選びました。[2][3]
本作では実際に起きたテロ事件を予期したものである等言われていますが、この自転車シーンがあれば、311後の東京を予見したと、また別の騒がれ方をしたのでしょうか。不謹慎かもしれませんが、押井監督には過密都市の行く末が予見出来ていたのかもしれません。
・脚注
- abcdefg国土交通省Project PLATEAU「仮想空間と身体性。映画監督・押井守が語る都市論・創作論【前篇】」(2024年3月15日)。押井守が、都市生活者は距離を時間へ換算していること、自転車が走り回る初期構想、完成版に残った自転車、構想を整理した理由を説明している。(リンク)
- ab『機動警察パトレイバー』公式サイト「機動警察パトレイバー 2 the Movie」。ベイブリッジ爆破から警察と自衛隊の対立が深まり、東京が混乱へ入る物語を確認した。(リンク)
- abライブドアニュース/ガジェット通信「東京国際映画祭『機動警察パトレイバー2 the Movie』上映記念・押井守監督独占インタビュー!」(聞き手:鶴原顕央、2022年11月18日)。押井守が、東京でクーデターに似た状況を作る企画と、戦争をシミュレーションする狙いを振り返っている。(リンク)