『パトレイバー劇場版』なぜ松井刑事の捜査は長い? 尺稼ぎから生まれた東京映画
本作ではレイバー同士の激しい戦いだけでなく、もう一つの軸があります。
松井刑事たちが、事件の鍵を握る帆場暎一の足跡を追い、古い東京の町を歩く "捜査パート" です。
なぜ、ロボット活劇の途中で、この静かな時間を長く淡々と描いたのでしょうか?(個人的に大好きなシーンです)
実は、押井守監督が30周年のトークで明かしたところによると、意外にも予算とスケジュールの不足でした。[1]
・最初は「ロボット活劇」の約束があった
劇場版には、企画を組み立てる際の「三つの誓い」がありました。
- 娯楽の王道をいく
- 泉野明と篠原遊馬を活躍させる
- レイバー対レイバーの戦いを描く
プロデューサーの真木太郎も、押井監督へロボットが派手にアクションする映画を求めたと回想しています。[1]
完成作の方舟での攻防は、その約束に応える部分です。しかし、映画全編をアクションで埋めるには、時間も作画枚数も足りませんでした。
・「静かなサスペンス」で上映時間を確保する
押井監督によると、松井刑事の捜査線は、活劇だけでは完成が間に合わないために考えた「静かなサスペンス」でした。大きな動きを連続させず、人物が歩き、町を見て、手がかりを探す場面で上映時間を積み上げる考えです。[1]
これだけなら、松井の捜査は単なる省力化で終わっていたかもしれません。
ところが、スタッフと東京中をロケハンするうちに、押井監督の興味が変わっていきます。
・東京を歩くうちに、捜査側が面白くなった
押井監督は、松井の捜査側の方が、映画として面白いと感じるようになったと振り返っています。アクションはほかのスタッフに任せればいいと思うほど、東京を歩く映像への興味が強くなったのです。[2]
このロケハンが口頭の思い出話だけでないことは、現存する制作資料からも分かります。公式の30周年展では、樋上晴彦が本作のために撮影したロケハン写真と、映画の背景・レイアウトが並べて展示されました。[3]
帆場の痕跡を追うと、事件の説明だけでなく、新しい工事の裏側で消えつつある町が見えてきます。近未来のロボット犯罪を追っていたはずが、画面は古い東京の表情を拾っていく。
活劇だけで尺を埋める負担を減らすための捜査パートが、本作を「ロボットが戦う映画」だけでなく「東京を見つめる映画」にしたのです。
・忘れた「三つの誓い」は、最後に戻ってきた
東京ロケハンへ入り込んだ押井監督は、制作が始まると「三つの誓い」をすべて忘れていたと30周年のトークで笑っています。[1]
しかし、製作側は新型レイバー「零式」を登場させた以上、最後に活躍させて一騎打ちを描くよう求めました。押井監督の回想では、そのアクションに使う作画枚数は、当初の配分に入っていませんでした。[2]
つまり完成した映画には、二つの都合が同居しています。尺と作画を支えるために生まれた静かな捜査と、劇場用ロボットアニメの約束を守るために求められた終盤の活劇です。
松井刑事の捜査が長いのは、作業を省くためだけではありません。省くために始めた場面の方を、監督が映画的だと感じてしまったからなのです。
北野武監督の「その男、凶暴につき」も、尺不足により "歩くシーン" をたくさん入れることになりましたが、あちらもとても味のある大好きなシーンです。[4]
違う作品でも同じ理由で名シーンが出来上がるという豆知識でした。
・脚注
- abcd『機動警察パトレイバー』公式サイト「『機動警察パトレイバー the Movie』30th記念上映会&トークイベント レポート公開!」。押井守、伊藤和典、鵜之澤伸、真木太郎が登壇した2019年の30周年トークの公式レポート。松井の捜査線が必要になった理由、東京ロケハン、「三つの誓い」を収録している。(リンク)
- ab練馬アニメーションサイト「『機動警察パトレイバー the Movie』30th記念上映会&トークイベント レポート」。同じ30周年トークをより詳しく収録し、予算と日程、捜査場面、終盤の一騎打ちの関係を伝えている。(リンク)
- 『機動警察パトレイバー』公式サイト「機動警察パトレイバー30周年突破記念展」。樋上晴彦が劇場版第1作のために撮影したロケハン写真と、本作の背景・レイアウトの展示を告知している。(リンク)
- スカパー!「北野武監督の原点が見られるデビュー作『その男、凶暴につき』の魅力」。文:渡辺敏樹、2025年1月23日。尺不足で歩く場面を足したという北野の発言を紹介している。(リンク)