『スター・トレック』の機関部は、ビールを守りながら撮影していた
本作のUSSエンタープライズの機関部を見て、「未来の宇宙船にしては、配管やタンクが妙に現実的だ」と感じた人もいるかもしれません。(筆者は実際にそういうレビューを見たことがあります)
実は、撮影用に建てた巨大セットではありません。ロサンゼルスのヴァン・ナイズにあった、アンハイザー・ブッシュのビール醸造所で撮影されました。[1][2]
しかも、使われていない廃工場を借りたわけではなく、なんと、ビールを実際に造っている稼働中の施設でした。そのため撮影班は、映画の照明を優先するだけでなく、発酵設備の温度を変えてビールを台無しにしないことまで考えなければならなかったのです。[1]
・未来の機関部に選ばれたのは、清潔な食品工場だった
J・J・エイブラムス監督は、宇宙を舞台にした映画が、人工的なセットとCGだけで閉じて見えることを警戒していました。そこで可能な限り実在する場所を使い、必要な部分だけを美術やデジタル処理で未来へ変える方針を採りました。[1]
USSケルヴィンの下層部と機関部には、ロングビーチの発電所を使用しています。そこには油汚れや重い機械があり、物語上でエンタープライズより約25年前に建造された船の古さを表現するのに向いていました。[1]
一方、新造されたエンタープライズには、同じ質感を使えません。美術監督スコット・チャンブリスが求めたのは、油にまみれた古い工場ではなく、清潔で新しく見える巨大施設でした。そこで制作陣は食品加工施設を探し、ステンレス製のタンクと配管が並ぶアンハイザー・ブッシュの醸造所へたどり着きます。[1]同じ「宇宙船の機関部」でも、セットの色を変えるのではなく、現実にある二種類の工業施設を使い分けて、船の世代差を作ったのです。
・外は約38度、発酵区画では防寒着を着ていた
撮影監督ダン・ミンデルによると、醸造所の外は摂氏約38度でした。[1]ところが、発酵設備がある建物の中は冷却されていて、撮影スタッフは、真夏のような外気から、保護用の衣服が必要なほど冷えた区画へ出入りしなければなりませんでした。しかもややこしいことに撮影用ライトは熱を出します。強い照明を長時間点灯し、周囲の温度を変えてしまえば、発酵中のビールへ影響する恐れがあります。そこで撮影班は、どの照明を、どこで、どれくらいの時間使うかを厳しく制限されました。[1]
・主照明は蛍光灯、背景灯は撮影の合間に消した
温度を守るため、人物を照らす主な光には、発熱の少ない蛍光灯(いわゆるキノフロライトですかね)を使いました。[1]背景には通常の撮影用ライトも使いましたが、点けっぱなしにはできません。必要なカットを撮ると、次の本番までは消して熱がたまらないようにしました。醸造所にもともと設置されていた水銀灯も利用し、光量が強すぎる部分だけを調整しています。[1]
・大きな撮影用台車を入れられず、ステディカムで動いた
もう一つの制約が、カメラの動かし方でした。醸造所の発酵区画には、大きなカメラドリーを持ち込めませんでした。そこで機関部の撮影では、撮影者が身体で支えるステディカムを中心に使いました。[1]
・艦橋と機関部で違う質感
艦橋は白く滑らかで、画面や照明が整然と並んでいます。一方、機関部には巨大なタンク、むき出しの配管、狭い通路があります。撮影班は醸造所らしさを完全に消さず、その規模と清潔なステンレスの質感を、新造宇宙船の内部へ読み替えました。
エンタープライズの機関部がほかの区画と大きく違って見えることは、公開当時のレビューでも好みの分かれる部分でした。
・脚注
- abcdefghijAmerican Cinematographer「Star Trek 50 Part XI — The Trek Feature Reboot」(記事初出は2009年6月)。J・J・エイブラムス、撮影監督ダン・ミンデル、美術監督スコット・チャンブリスらへの制作取材。実在ロケを重視した方針、発電所と醸造所の使い分け、発酵区画の温度、照明の制限、ポンプ室の騒音、ステディカム撮影を確認した。(リンク)
- WIRED「Exotic Star Trek Locales Are All Over the California Map」(2009年5月12日)。エンタープライズの機関部をヴァン・ナイズのアンハイザー・ブッシュ工場で撮影し、巨大なタンクとステンレス配管を利用したことを確認した。(リンク)